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京都地方裁判所 昭和56年(わ)341号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入する。

押収してある覚せい剤粉末一三〇二包(昭和五六年押第一六一号符号一)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、内海富美代と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、昭和五六年二月二六日午前一一時二九分ころ、京都市伏見区竹田久保町二番地スチューデントハウス竹田一〇一号室内海方の風呂場天井裏において、フェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する覚せい剤粉末一三〇二包約59.88グラムを所持したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(営利目的の存否に関する判断)

一被告人が本件覚せい剤を所持するに至つた経過について

(1)  被告人が捜査段階においても公判廷においてもほぼ一貫して弁解している内容は、昭和五五年一二月一五日ころの午後八時ころ、京都市伏見区竹田久保町にあるパチンコ店「新天地」の駐車場で、同年三月ころ同店内で知り合つた年令三五、六歳の一見してヤクザ風の「こだま」という男から、買物用ナイロン袋入りの本件覚せい剤を預り、同日午後九時ころ、内妻の内海富美代方に持ち帰つて風呂場の天井裏に隠匿した、というものである。しかしながら、内海富美代の証言によれば、同女は昭和五六年二月八日午前二時過ぎころ帰宅し、午前五時か六時ころになつて被告人が帰つてきたが、その時台所に買物用ナイロン袋が置いてあるのを見つけ、その後被告人は風呂場で何かがたがた音をさせており、同日夕方に被告人が外出してから、袋のことが気になつて風呂場の天井蓋を開けると明方に見つけた袋があつたので、中を調べると新聞紙に包まれた本件覚せい剤が入つており、あわてて戻そうとした際に新聞紙を破つてしまつた、というのである。右証言の内容は明確詳細であり、被告人が本件覚せい剤を持ち込んだ日時についてまで同証人が虚偽の証言をするとは考えられず、また押収してある右新聞紙が同月七日の日付で破れ跡が残つていることともよく符号していることを考慮すると、右証言は十分に信用することができ、これと矛盾する被告人の弁解は信用し難い。加えて、パチンコ店で知り合つただけで深い交際もなく住所や身元もわからぬ男から大量高価な覚せい剤を預つたという点や、二月二六日に被告人が逮捕されるまでの二か月以上もの間、一度パチンコ店で偶然出合つたのを除いて、その男から全く連絡がないという点も極めて不自然不合理である。結局、被告人の前記弁解は、預り隠匿した日時についても、「こだま」から預つたことについても、到底信用できないと言うべきである。

(2)  検察官が主張するところは、奥田組の若衆である被告人は、利益の分配にあずかるのを目的として、同組の組織的な覚せい剤密売に参与しており、右密売に供するものとして本件覚せい剤を所持していた、というものであり、これについて以下検討する。

本件各証拠によれば、(一)本件覚せい剤は、小分けして薬包紙に包まれプラスチックフィルム製袋に入れられた合計一三〇二包の大量で密売用の覚せい剤であること、(二)被告人の勤務する金融業「クレジット奥田」の経営者は三代目会津小鉄会系小若会内奥田組の組長であり、「クレジット奥田」の隣室に奥田組事務所があり、被告人も昭和五五年三月ころから組員として扱われていること、(三)京都市下京区西七条にある藤喜マンション一〇三号室は、奥田組の出先事務所であると同時に覚せい剤密売所となつていて、内側扉には密売の受け渡し用の小さい窓口がつけられ、昭和五六年二月二六日の捜索の際には注射器等が発見され覚せい剤を所持していた者が現行犯逮捕されていること、(四)右捜索の際に同室から押収されたメモ(電話帳)には、四三八―七二一五、四六九―八四一五等の数字が記載されているが、各桁の数字を一〇から差し引くと六七二―三八九五、六四一―二六九五となり、前者は被告人の自宅の電話番号、後者は内海方の電話番号であること、右メモと同時に押収された連絡用便箋及び大学ノート(奥田組連絡帳)にはいずれも被告人の名前が記載されていること、また内海の手帳には藤喜マンション一〇三号室の電話番号が記載されていること、(五)本件覚せい剤が入つていた買物用ナイロン袋は、藤喜マンション一〇三号室から一五〇ないし二〇〇メートル位の所にあるスーパーのものであること、の各事実を認めることができ、これらの事実は、奥田組の密売所である藤喜マンション一〇三号室と本件覚せい剤との結びつき、及び被告人と同密売所との結びつきを一応疑わせるものである。

しかし他方で、被告人は「クレジット奥田」の営業のほかに奥田組長を車で送り迎えする運転手役を担当しその分の報酬として月一〇万円近く受け取つていた事実も証拠上明らかであり、この点を考慮すれば、前記連絡用便箋及び大学ノート中の被告人に関する各記載が組長を車で送迎するための連絡事項にすぎない旨の被告人の説明は十分首肯でき、そうであれば前記メモ(電話帳)及び内海の手帳に関係電話番号が記載されている理由についても、右と同様に組長を送迎するため電話連絡をとりあう必要があつたためと解する余地があり、覚せい剤の密売取引に関して連絡していたと断定することはできない。なお、本件覚せい剤が包装されていた新聞紙は読売新聞であり、藤喜マンション一〇三号室で読売新聞を購読していること、「クレジット奥田」、奥田組長宅、被告人自宅、内海方はいずれも同新聞を購読していないことは認められるが、読売新聞が極めて多部数発行されどこでも容易に入手できることは公知の事実であつて、本件覚せい剤と右密売所との結びつきを推認する証拠としてはあまり役立たないと考えられる。

また、被告人は、奥田組の他の組員が覚せい剤を扱つていることは知つていた旨自認しているものの、被告人自身は昭和五四年八月以来「クレジット奥田」に勤務しその実質責任者として営業全般を任され月給約二五万円を支給され、前記運転手としての報酬と併せると月三〇万円以上の定収入があつて、これにより生活していたと認められるほか、藤喜マンション一〇三号室の前記捜索の際に被告人の物は発見されず、被告人が同室に出入りするのも目撃されていないこと、被告人はタクシー運転手をしていたころ覚せい剤を見たことがあるが自ら取扱つた形跡はなく、覚せい剤関係の前科前歴がないこと等の事情も認められる。

以上の諸点を総合して判断するに、本件覚せい剤は、それ自体の形状及びそれが入れられていた買物用ナイロン袋の出所等からして、藤喜マンション一〇三号室の密売所で扱われている覚せい剤であるとの疑いがあり、更に、被告人と奥田組との密接な関係及び被告人が入手先につき到底信用できない虚偽の弁解をしていること等の事情を併せ考えると、被告人は本件覚せい剤を、藤喜マンション一〇三号室に出入りして密売に従事している奥田組の他組員から何らかの機会に預つたのではないかとの疑いはあるけれども、少なくとも、被告人が右密売所に出入りし若しくは密売に関して連絡をとりあうなどして奥田組による覚せい剤密売に直接参与していたという事実についてはこれを認定できるだけの十分な証拠はないといわざるをえない。

二右検討したところにより、被告人が奥田組による覚せい剤の組織的密売に参与しこれに供するものとして本件覚せい剤を所持していたとは認定できないところ、被告人が自ら密売するため所持していたことを窺わせる証拠はないから、結局、被告人自身は密売に関与しないまま、いずれかの第三者から預りその者のために所持していたと考えるべきことになる。(なお、前掲内海証言によれば、被告人は同女に対し「人から預つた」と述べている。)

ところで、覚せい剤取締法四一条の二第二項にいう「営利の目的」には、自己のため財産上の利益を得る目的のほか、第三者にこれを得させる目的をも含むと解されるが、後者については、第三者が営利目的を有していることを単に知つて加功しただけでは足りず、その者に財産上の利益を得させることを積極的に意図して加功したことを要すると解すべきである。

これを本件についてみるに、本件覚せい剤が大量かつ製品化されている密売用の物と判断されることは前示のとおりであつて、これを被告人に預けた第三者が営利目的を有していることは当然に推認でき、被告人がその情を知つて預つたことも推認できる。しかし、被告人と右第三者との関係については証拠上十分明らかとは言えず、かりに右第三者が奥田組による密売に関与している者であるとしても、被告人が預ることを承諾した動機、報酬約束の有無など、所持するに至つた状況について、これを具体的に認定しうる証拠は存しないから、被告人が右第三者に財産上の利益を得させることを積極的に意図していたこと、あるいはその者に利得させそれによつて自己も財産上の利益を得る見込みがあつたこと等の事情は推認することができない。(なお、被告人の調書中には、「こだま」から預つた際、同人が「預つてくれたら礼は出す」と言つた旨、及び被告人も謝礼をもらうつもりであつた旨の供述記載があるが、被告人が「こだま」から預つたという弁解自体が前示のとおり到底信用できない架空の弁解である以上、報酬約束についての供述部分だけを信用して認定に供することは合理的でない。)

以上のとおりであるから、被告人に営利の目的があつたことは認定できないものである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項、刑法六〇条に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入し、押収してある覚せい剤粉末一三〇二包(昭和五六年押第一六一号符号一)は判示犯行に係るもので被告人が所持していたものであるから覚せい剤取締法四一条の六本文により没収することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(村上保之助 楠井勝也 米山正明)

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